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名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)3424号 判決 1990年6月29日

原告

一宮千恵子

被告

山田幹雄

ほか二名

主文

一  被告山田幹雄、同酒井光明は、原告に対し、連帯して金一三九万七六七七円及びこれに対する昭和六〇年一〇月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告三名は、原告に対し、連帯して金一五三万円及びこれに対する昭和六一年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告山田幹雄、同酒井光明との間に生じたものを四分し、その三を原告の、その余を同被告らの負担とし、原告と被告安田火災海上保険株式会社との間に生じたものを同被告の負担とする。

五  この判決の一、二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告山田幹雄、同酒井光明は、原告に対し、連帯して金六六〇万八〇八六円及びこれに対する昭和六〇年一〇月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告三名は、原告に対し、連帯して金一五七万円及びこれに対する昭和六一年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が左記一1の交通事故の発生を理由に、被告山田に対し自賠法三条又は民法七〇九条により、被告酒井に対し自賠法三条により、被告会社に対し自賠法一六条一項によりそれぞれ損害賠償請求をした事案である。

一  争いのない事実

(交通事故)

1 日時 昭和六〇年五月二九日午後七時一〇分ころ

2 場所 名古屋市港区南陽町大字福田字知多二三二番地三先の信号機による交通整理の行われていない交差点

3 加害車 被告山田運転の自動二輪車(一名古屋か三四九二号)

4 被害車 原告運転の婦人用自転車

5 態様 原告が被害車を運転して本件交差点に西から東へ進入した際、南から同交差点に進入してきた被告山田運転の加害車と衝突した。

二  争点

被告らは、責任原因、原告の傷害及び後遺障害並びに損害額を争うほか、原告には右(南)方の安全不確認の過失があるとして、過失相殺の抗弁を主張している。

第三争点に対する判断(成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨記載することを省略する。)

一  責任原因

1  被告山田について

被告山田本人によれば、同被告は、本件事故当時、被告酒井から加害車を一時的に借り受けて、自己の用事のため運転していたものであることが認められるので、被告山田は、加害車を自己のために運行の用に供していた者として、自賠法三条により、原告が本件事故により被つた損害を賠償する責任がある。

2  被告酒井について

加害車は被告酒井の所有であるところ、同被告は本件事故当時加害車を友人である被告山田に貸与していたものであるが(以上の点は当事者間に争いがない。)、被告山田本人によれば、同被告は友人を迎えに行くために一時的に加害車を借りたもので、すぐに返還する予定であつたことが認められるので、被告酒井は加害車に対する運行支配を有していたものと認むべく、したがつて、同被告も、自賠法三条により、原告が本件事故により被つた損害を賠償する責任がある。

3  被告会社

被告会社が、被告車を所有していた訴外山田恒利との間において、被告車につき、本件事故発生日を保険期間とする自動車損害賠償責任保険契約を締結していたところ(当事者間に争いがない。)、被告車につき被告山田及び同酒井に自賠法三条の規定による保有者の損害賠償責任が発生したことは前記認定のとおりであるから、被告会社は、同法一六条一項により、保険金額の限度において、被告山田及び同酒井の負担する損害賠償額の支払をなすべき責任がある。

二  傷害、治療経過及び後遺障害

1  傷害

甲四によれば、原告は、頭部挫傷、右大腿部挫傷、右腓骨開放骨折の傷害を受けたことが認められる。

2  治療経過

甲一の一ないし五によれば、原告は、中川外科病院で本件事故当日に通院治療を受けた後、中部労災病院に転院し、同病院に同日から昭和六〇年七月二五日まで五八日間入院し、同月二六日から同年一〇月二二日まで(実通院日数八日)通院したことが認められる。

3  後遺障害

甲二、甲四、甲二〇によれば、原告は、前記傷害のため、<1>右大腿中央外側部に一〇×五センチメートル腫瘤があり、圧痛は著明で、歩行、立ち続け、あるいは雨天時に疼痛の障害、<2>右下腿外側に一〇×二センチメートルの植皮創(陥没、色素沈着有り)、右大腿外側に剥皮創三×〇・五センチメートルの障害がそれぞれ残り、その症状は昭和六〇年一〇月二二日に固定した。

三  損害額

1  治療費(請求同額) 三六万五七二〇円

甲一の一ないし五によれば、右金額(治療費総額八二万三九二六円から国民健康保険の保険者負担分四五万八二〇六円を控除した残額)が認められる。

2  入院雑費(請求六万九六〇〇円) 五万八〇〇〇円

入院雑費は、一日当たり一〇〇〇円と認めるのが相当であるから、五八日間で右金額となる。

3  通院交通費(請求同額) 二万一九六〇円

甲二〇、甲二四の一ないし六によれば、右金額を支出したことが認められる。

4  休業損害(請求三三万一〇九〇円) 三二万六九五〇円

(一) 甲一の五、甲二〇、甲二一、甲二二(成立については原告本人(一回))及び原告本人(一回)によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和六〇年三月に高校を卒業後、同年四月二六日からスーパーナカムラのレジ係(パートタイマー)に時給四五〇円で勤務し始めたが、一日の稼働時間は残業約一時間を含めて平均九時間半、給料は毎月二五日締めで、同年五月分の給料は、稼働時間が二三五時間で一〇万五七五〇円であつた。

(2) 原告は、本件事故に遭わなければ、少くとも一か月当たり残業を含めて平均右二三五時間程度は稼働しえたところ、本件事故のため、同年五月三〇日から八月九日ころまで働くことができなかつた。そして、同月一〇日ころから少しずつ働き出し、同月は一〇日間働いたが、足の具合が悪かつたので再び休み、同年九月一〇日ころから再び働くようになつた。

(3) そのため、原告は、同年六月分以降の給料として、六月は四日(三五時間)分の一万五七五〇円、七月はなく、八月は一〇日(六一時間三〇分)分の二万九五二〇円、九月は一三一時間分の六万四八八〇円を得たにすぎなかつた。なお、原告の時給は同年八月から四八〇円に上つた。

(二) 右事実によれば、原告の休業損害は次のとおり合計三二万六九五〇円とするのが相当である。

6月分 105,750-15,750=90,000

7月分 105,750

8月分 235×480=112,800

112,800-29,520=83,280

9月分 112,800-64,880=47,920

90,000+105,750+83,280+47,920=326,950

5  後遺障害による逸失利益(請求五三一万四七一六円) 一七五万〇二〇四円

(一) 甲二〇、甲二一、甲二六、甲二七(甲二六、甲二七の成立については原告本人(二回))及び原告本人(一、二回)によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和六〇年九月一〇日から職場に戻つたが、一時間位立つてレジを打つていると、右足が痺れてずきずきし、足全体に疲労感が出て右大腿部も痛むので、特別に時々休憩させてもらつていた。

(2) 同年一一月と一二月は定時に帰宅したかつたが、多忙のため残業せざるをえなかつた。

(3) 翌昭和六一年になつても右大腿部のしこりは消失するどころか、疲労時にはかえつて腫れて大きくなつた感じで、痛みも増していつたので、同年三月四日に南陽病院で診察を受けたが、治療は痛み止めの薬以外はないということなので通院しなかつた。

(4) 同年五月ころは早退も増え始め、同年八月にはスーパーナカムラを退職し、しばらく休養することにしたが、右大腿部のしこりが小さくなつた様子もないので、同年九月一八日中部労災病院で診察を受けたところ、他覚的所見には変化はなく、症状は変化する見込みがないと言われた。

(5) さらに昭和六二年二月ころまで休養を取つて様子を見たものの、さほどの変化もないので、しばらく喫茶店で働いた後、同年六月からエレツクス株式会社に正社員として勤務し始め、事務職に就き現在に至つている。

(6) 原告は、昭和六三年九月から平成元年八月時点において、エレツクス会社から残業分も含めて一か月一三万円から一五万円の給料を得ており、欠勤、遅刻、早退のない場合に支給される皆勤手当五〇〇〇円の支給も受けている。

(7) しかし、午後四時ころになると右大腿部のしこりがずきずきしだし、仕事に集中できずぼんやりしていることが一週に二回位あり、耐えられない時は上司や同僚に気付かれないように更衣室へ行つて一〇分位横になつて体を休めることがある。また皆勤手当をもらうために痛みを我慢して出勤することもあり、足が痛くなつても早退しないようにしている。

(8) 原告は、体調が良い時は一日二時間位の残業をするだけの仕事量はあるが、足の痛みが原因で一日一時間足らずの残業しかできないでいる。残業手当は昭和六三年九月から平成元年三月は時給七八四円で、同年四月から八月は時給八二五円であつた。

(二) 右事実に甲七及び証人吉田一郎を総合すると、原告の前記後遺障害<1>は自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一二級一二号に、同<2>は同等級表一四級一〇号にそれぞれ該当するものと認めるのが相当であり、これに反する鑑定及び証人原田敦は採用できない。

そこで、右(一)の事実関係によれば、原告の収入は症状固定時より増加し、皆勤手当も得ているものであるが、この収入を得るために通常よりは相当の努力を要しているものであること、原告の症状は他覚的所見には変化はなく、足の痛みなどの訴えも自覚的なものの増減によるものではあるが、症状固定後約四年を経過しても前記のような症状を訴えていること、その他原告の年齢、職種等の諸事情を総合考慮すると、原告は、前記後遺障害により、症状固定日の昭和六〇年一〇月二二日から少くとも一〇年間を通じて、その労働能力の一四パーセントを喪失したと認めるのが相当である。

そして、原告の前記認定の収入等を考慮すると、原告は、本件事故に遭わなければ、右一〇年の間、少くとも昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模・女子労働者・新高卒一八~一九歳の年収額一五七万三五〇〇円(当裁判所に職務上顕著)を得ることができたと推認されるので、その額を基礎として、新ホフマン係数を乗じて右一〇年間の逸失利益の症状固定時の現価を求めると、一七五万〇二〇四円となる。

1,573,500×0.14×7.945=1,750,204

6  慰謝料(請求―入通院同額、後遺障害二五〇万円)

(一) 入通院慰謝料 八二万五〇〇〇円

前記認定の原告の受傷の部位・程度、入通院期間等を考慮すると、右金額が相当である。

(二) 後遺障害慰謝料 二〇〇万円

前記認定の原告の後遺障害の内容・程度等を考慮すると、右金額が相当である。

四  抗弁(過失相殺)について

1  本件事故の発生状況について検討するに、甲一三ないし甲一八、甲二〇(ただし、甲一四、甲一六、甲一八、甲二〇については後記採用しない部分を除く。)、原告本人(第一回。ただし、後記採用しない部分を除く。)及び被告山田本人によれば、次の事実が認められ、甲一四、甲一六、甲一八、甲二〇及び原告本人(第一回)中、右認定に反する部分は採用できない。

(一) 本件事故現場の状況は、別紙図面記載のとおりである。本件道路は最高速度が時速四〇キロメートルに制限されている。夜間は外灯の照明によりやや明るい所であるが、原告からの見とおしは、前方及び左方は良いが、右方は良くなく、被告山田からの見とおしは、前方及び右方は良いが、左方は良くない。

(二) 被告山田は、加害車を運転して、別紙図面記載のとおり、本件道路の西側車線中央辺りを時速八〇キロメートルで本件交差点に向つて進行中、左前方約四一メートルの<ア>地点に原告が被害車を運転して本件交差点を横断しようとしているのを認めたが、被害車が同地点に停止しているように見えたので、右速度のまま進行したところ、被害車が横断しようとして進行しているものであるのに気付き、衝突の危険を感じ、あわてて急制動をかけるとともにハンドルを右に切つてさけようとしたが間に合わず、<×>地点で衝突した。

(三) 他方、原告は、被害車を運転して、本件道路の西側歩道(自転車通行可)を北進して来て、本件交差点を西側から東側へ横断しようしとたが、右方の安全を十分確認することなく進行したため、<×>地点で加害車と衝突するに至つた。

2  右事実によれば、被告山田は、本件交差点に先入している被害車を認めたのであるから、直ちに減速し、かつ、前方の安全を確認して進行すべき注意義務があつたのに、これを怠り、制限速度をはるかに超える前記速度のまま前方の安全を確認することなく進行したため、本件事故が発生したものであるから、被告山田に過失があることは明らかである。

他方、原告としても、本件交差点を横断する際、右方の安全を十分確認すべきであつたところ、これを怠つたため、本件事故に至つたのであるから、原告にも過失があるといわなければならない。

3  そして、双方の過失を対比すると、その割合は被告山田が九割、原告が一割と認めるのが相当である。

そこで、前記四に認定の原告の損害額から一割を減額すると、被告山田、同酒井が連帯して原告に対し賠償すべき損害額は、傷害による損害が一四三万七八六七円、後遺障害による損害は三三七万五一八三円の合計四八一万三〇五〇円となる。

したがつてまた、被告会社は、被告山田及び同酒井と連帯して、右傷害による損害賠償額を保険金額一二〇万円の限度において、また右後遺障害による損害賠償額を保険金額二一七万円の限度において支払をなすべき責任がある。

五  損害の填補

原告は、損害の填補として、被告山田から一三万五三七三円、また、自賠責保険から傷害による損害賠償額として一二〇万円、後遺障害による損害賠償額として七五万円の支払を受けた(当事者間に争いがない。)。

そこで、右金額を前記四八一万三〇五〇円から控除すると、被告山田、同酒井が原告に対し賠償すべき残損害額は、二七二万七六七七円となる。

また、被告会社は、右損害額のうち傷害による損害額については既に支払済みとなり、後遺障害による損害額については保険金額の限度である二一七万円から既払金七五万円を控除した残額一四二万円を支払うべきことになる。

六  弁護士費用

原告が本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、被告山田、同酒井に対しては、昭和六〇年一〇月二二日(症状固定時)の現価に引き直して二〇万円、被告会社に対しては、保険金請求後である(弁論の全趣旨により認める。)昭和六一年四月三〇日の現価に引き直して一一万円と認めるのが相当である。

七  結論

以上によれば、原告の請求は、被告山田、同酒井に対し、連帯して一三九万七六七七円(二九二万七六七七円から一五三万円を差し引いた金額)及びこれに対する昭和六〇年一〇月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、また、被告三名に対し、連帯して一五三万円及びこれに対する昭和六一年五月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由がある。

(裁判官 寺本榮一)

別紙 <省略>

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